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2014 10,07 21:00 |
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+++ ミカン箱に入れられて、公園に放置されていたそれは、俺によく似ていた。 見た目は子犬のぬいぐるみのようだが、手足はない。しかし、勝手に動くし、腹を押されてでもなく、鳴く。軽いし声も結構自然で、機械が内蔵されているわけでもなさそうだ。アホ面だが、意外と愛嬌のある顔で、そしてなにより温かく、手触りがよかった。柔らかな感触を気に入ったらしいルークは、”高い高い” をして遊んでいる。立った状態でそれをやられるのは、犬なら嫌がるのもいそうだが、そんな様子もない。薄い舌を出し、無邪気に尻尾を振っていた。 「カイト、なんだろう、これ。カイトかな?」 「んー……。パズルが解けたら、俺? 解けなかったら、パズルだな」 「そうだよね……。今、メモ帳でパズルを作ってみるよ」 上着のポケットを探るため、抱き上げたそれをいったん降ろそうと、ルークが腕を下げかけたとき、目の前を何かがちらついて、俺に似たそいつは甲高くひときわ大きな声で鳴いた。 「ん? ……あ、ルーク!」 「なに?」 「違う、見ろよ。おまえの肩に、ルークが乗ってる!」 「えっ?」 俺の言葉の意味も解らぬまま、指差すあたりに素直に視線をやるルークが可愛い。じゃなくて、いや、合ってるけど、ルークは自分の肩に乗った物体を見て、思いきり両眉を上げた。白いふわふわで、小さくて、長い尾を垂らしたなにかが、マラソンを完走したランナーのように、力なく倒れこんでいる。 「ぼ、僕……?」 両手に重力を感じたのか、そちらに意識を戻すと、抱き上げられたほうが、しきりに吠え、小さな巻き尾をせわしなく振り回していた。ちょうど、ルークの肩のあたりを見つめながら。 「あ、そいつは、こいつを見て鳴いてんのか?」 「なんだか、とてもうれしそうだね」 疲れていたそちらも、抱き上げられたほうを見上げて、懸命に尾を揺らし、鼻を鳴らした。 「久しぶりに再会できた、って感じかな」 「さっきの箱には、巻き尾のほうしか入ってなかったよな」 「うん。もしかすると、こっちは別の箱に捨てられていたのかもしれない」 俺に似ているほうを片手で胸に抱きあやしながら、逆の手で、ルークに似ているほうの頭を撫でて、ごめんね、探してあげればよかったね、とルークはつぶやいた。2つのそれは、すぐにルークの手を押しのけて、身体をよじのぼって近寄ると、互いの無事を祝うかのように、顔のまわりを夢中で舐めあっていた。 俺は、このとき直感した。パズルを与えて試すまでもなく、ルークみたいなこいつといてこんなに喜んでいるのだから、これが俺でないわけがないのだ。 「なあルーク」 「うん?」 「こいつは、俺だな」 「そうだね。そして、もう一方は、僕」 「バテてるし、生きてんなら、このままってわけにもいかねえよな……」 今までどこで寝て、何を食って生きてきたのかはわからないが、捨てられたなら飼い主を捜しても意味がないし、こいつらの格好から、警察や保健所に引き渡すのもややこしくなるのは明らかで、避けたかった。 気付けば、周囲で遊ぶ子どもたちやその母親らしき女性たちから、好機の目や、なんとも寒々しい視線が飛んできている。俺たちは、小さな俺たちを一匹ずつ抱えて、とりあえずこっそりと公園を離れた。こんなとき、頼りになるのはあいつだよな。 +++ ――「奇妙な犬を2匹捕まえたから、ちょっと見てくれ。お前ならわかると思うから」 ――『えっ、犬? それって、もしかして、』 ――「んじゃな」 ――『ちょっと! ひとの話を最後まで、カイ、』 この場でうるさく尋ねられるのも面倒なので、ここで電話を切った。俺と違って真面目な奴だから、授業自体には出なくとも、定時までに登校しない日はない。敷地内のどこかには必ず居るだろうが、アポイントメントを取っておくに越したことはないだろう。 「おーい、キュービック。開けんぞー」 久々に戻る学園にちょっとした感慨を覚えながらも、ルークと2人で迷うことなく辿り着いた旧友のラボラトリ。3回ノックをして、いざ入室しようと引き戸の窪みに手をかけると、自然に戸が開いた。 「うおっ?!」 ――目の前に、何かいる! とっさの事態に、素早く身をかわそうとしたつもりだったが、そこからなにか、のんびりしたくなってしまう不思議なオーラを感じ取り、なぜだか身体が動かなかった。結構背の高いそれは、俺と、ルークとに順番に飛びかかる。 「な、何だ……?! ルーク! 避けろ!!」 「カイトー! ルクルクー! いらっしゃーい!」 そして、相変わらず甲高い声と少女のような可憐な笑顔で、俺たちを歓迎した。 「ア、アナ・グラム……?」 「うん! それからぁ、こっちのカイトとルクルクも~!」 麻袋に入れて担いできたそれの中身を一瞬で見抜かれてしまった。こいつ、ンジャメナに留学して、とうとう透視能力まで手に入れやがったのか。そんなんできるなら定期試験とか楽勝じゃねえか。いいなぁ、俺の未来視は遠すぎる未来しか見えなかったのに。 +++ 「だーから、さっき電話で、その2匹のことは知ってて、関係のあるアナも来てる、って言おうとしたのに……。いい? カイト、電話は相手の顔が見えないぶん、勝手に切っちゃいけないんだからね!」 「悪かったよ……」 高校生になっても生意気の直らない旧友に、俺は叱られていた。まあまあ、知られていて話が早いし、よかったじゃないか、と背中をさすってくれるルークは落ち着いている。アナは、袋から出した2匹の口元をつついて、楽しげにたくあんチップスを餌付けしていた。なんと、こいつらは、ちょっと前までは本当にぬいぐるみだったそうだ。確かにそんな感じの造作ではあるが、毛は動物らしくつややかで、縫い目もないし、普通に食ってるし、にわかには信じがたい。 発端は、キュービックとアナとの間で起きた、事故らしかった。まず、キュービックが研究のため、俺とルークの遺伝子を使って実験をしていた。次に、その細胞を培養していたペトリ皿をコンテナに乗せ、部屋を移動するためコンテナにロックをかけようとしていたところ、ちょうどアナが入ってきて、コンテナとぶつかってしまった。最後に、アナは俺とルークに似せたぬいぐるみをもってきていて、アナごと、培養液をかぶってしまったということだ。物が透けて見えても、ぶつからない、ってわけじゃねえのな。 「それって、バイオハザードでしょ。だから急いでアナの服とぬいぐるみを洗浄して煮沸して、廃液も全て回収したよ。アナにも髪と身体をここで洗ってもらって。それで、服とぬいぐるみを乾燥機にかけて、冷ますためあそこにかけておいたら、ぬいぐるみだけなくなっていたんだ」 「アナも、触ってないの。気付いたら、なくなってた」 「誰かが取っていったのなら、僕かアナが気付くはずなんだけど……」 現場にいた2人は、そこで言葉を区切った。ルークが続きを推測して、尋ねる。 「だったら、この子たちがひとりでに?」 「おそらく。その証拠に、来て」 ぬいぐるみを静置していた近くのドラフトまで案内され、俺たちはとんでもない光景を目の当たりにした。 「キュービック君、これは……」 「うわぁ。マジかよ……」 汚れた内壁を一筋、布のようなもので擦った跡があった。途中からは、まるでカーペットのように、パラフィン紙が貼りつけられている。それを辿り、覆いを潜って視線を内部の前面を見上げると、排気口に十数本のスパーテルが放射状に組み込まれたように突き刺さっており、器用にも壊さず開けたことがわかる。非常に狭いが、ここから配管を伝えば、外に出られる。 「こんなイタズラ思いつくのは、カイトくらいじゃない」 キュービックは両手を上げ、肩を竦めた。だが、おかしいだろそれは。 「おっおい、俺イタズラしねえぞ? ガキの頃ノノハをちょっとからかったことがあるくらいで、両親が死んでからはイタズラなんて全然、お前たちにだって一度も」 キュービックと出会った当時、俺は高校生だった。初めはあまりのしつこさにうんざりしたが、中学生をいじめて泣かしてやろうと本気で企んだことはなかったし、他のテラスの奴らにだって……、ああ、エレナに頼まれてギャモンに仕返ししたことならあるが、本当にそれくらいだ。 「でも、たくあんチップスおいしそうに食べたじゃない、あの犬」 「お前なあ、たくあんは食いもんだぞ。好みに合えば、誰でも食うだろ」 「カイトは犬になってもすごいんだな」 「いやいや。すご、ああ、まぁすごいけど。やっぱりあいつは俺じゃねえな」 キュービックとは対照的に、アナは俺に感心していた。確かに、褒められて悪い気はしない。でも、自作のぬいぐるみに生命が宿ってしまったことについては、驚きとか、戸惑いとか、ないんだろうか。ないんだろうな。 話が逸れたのが癇に障ったのか、キュービックに咳払いされた。 「これ、パズルだよな」 「もう、パズルもいいけど、困っちゃうよね。スパーテルをあんなに、新品まで全部開けられちゃってさ。僕じゃ手が届かないし、イワシミズ君はあいにく充電中だし」 「迷惑かけてすまない。椅子があれば、僕なら届く。すぐに取るよ」 ルークは、まるで自分がしたことであるかのように詫びている。さすが、よくできた親友だぜ。でも。 「待て!」 隣の実験台から丸椅子を持ってきて、靴を脱いで登ろうとするルークを、俺は止めた。 「カイト、どうしたんだい」 「これがパズルなら、ここからこいつらの気持ちが読み取れるかもしれない」 「あぁ、そうか」 「せめて写真だけでも」 記憶力に自信がなくはないが、念のためスマホで撮影してから、4人で現場の処理をはじめた。そんなとき、俺は服のすそを引っ張られる。今ちょっと目が離せないが、ルークは頭上にいるし、キュービックは準備室に何かを取りに行っている。たぶんアナだろう。 「ん、アナか? 何だよ」 「ほえ。アナ、なにもしてない」 「え?」 想像よりも離れた場所からアナの声が聞こえ、その言葉が嘘でないとわかる。 「ああーっ! カイト! ズボンに、あー太郎!!」 「あー太郎? ちょっ、ルーク、一旦手ぇ離すぞ」 「わかった」 結局椅子でも届かなかったので、俺はルークを肩車していた。ドラフトに足をつくのはちょっと遠慮したいが、ルークの筋力なら数十秒くらいは懸垂でどうにか持つ。その隙に、俺は背後を振り返った。 「クウン!」 ふくらはぎに、長い尾がさらさらと擦れて、気持ちいい。ぬいぐるみ犬の、ルーク似のほうだった。 「あー太郎って、お前か……」 「うん、今つけた。カイトのKで、けー太郎と、ルクルクのRで、あー太郎」 「ところで、お前、もう一匹はどうした」 俺のズボンから飛び降りたそいつは、今度は靴下を噛んで引っ張ってくる。 「何だよ、どうしたんだよ」 「もしかして、けー太郎いなくなっちゃった……?」 キャン、と鳴いて、ルーク犬はアナのサンダルによじ登った。どうやら正解らしい。 「カイト、避けてもらっていいかな。降りるよ」 「おう、悪い」 ドラフトに足を突っ込まないように、頭を汚さないように注意して、ルークが床に飛び降りた。懸垂してもらっていたはずだが、片手で作業を終えたらしく、流し台の上におそらく全てのスパーテルが山盛りにされた。俺は申し訳なくなって、さっきの椅子を持ってきた。 「ごめんな、ルーク。座って靴履けよ」 「ありがとう」 「けー太郎、どこいっちゃったのかな……」 一足遅れてパタパタと音がして、準備室の扉が開いた。 「えええ!? 探さなきゃ! カイトの遺伝子をやたらとばら撒くわけにはいかないし、またイタズラされたら困る」 「カイトの遺伝子がばら撒かれるのは、僕も見過ごせないな」 「お前らな……」 ルーク犬はサンダルを降りて、おろおろしたように、キュービックの足元に駆け寄って頭を低くし、尾を高く上げた。 「何だ、このポーズ」 「日本人でいうところの、土下座、かな」 「カイト犬の代わりに、僕に謝ってくれてるつもり?」 「あー太郎賢いんだな~。よしよし、大丈夫。アナたちと一緒にけー太郎探そうね」 白くてふわっとした身体を包むように抱き上げて、アナはおなじみの呪文を唱えた。 ■next■ +++ SSを久しぶりに書きました カイト犬がミカン箱に入っていた理由や、 イタズラっぽいことをしていた理由もあるのですが、 それは別の機会でいいかなと。 あるいはご想像にお任せします。 PR |
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