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2017 04,22 00:00 |
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□ そうめんを食べ、両親は再び田んぼへ向かった。梅干し二つ分の酸味に頭がすっきりとしてきた子どもは、独りになりたくなった。近所の子どもたちの誘いを断って、気に入りの星型の組木を袂に入れて、西の小道のそばの小川に沿ってぶらぶらと歩いた。 まだ細い木々の葉が、そよ風に揺られて柔らかな音を奏でる。正午を過ぎても日差しは強く、セミの声は止まないが、頭上の風音と川のせせらぎが、暑さを大分和らげている。 小川に二股が見えてくると、子どもは北東の上流に沿って進んだ。この先を行くと村の中央に長老のお屋敷があり、人気(ひとけ)はないがいつでも出入りが許されている庭があるからだ。 庭の周りには敷地の境界を示すためだけの花壇がある。五歳の子どもにもまたげるものだ。時折、縁側を行き来する女中の姿を見かけるが、声をかけられたことは一度もない。この日もそこをいつものように踏み越えて、誰にも会わずに池の端にしゃがみ込んだ。そうして、袖から取り出した組木を外して部品を撫でたり、また組み立てたり、両手で包んでみたりして、しばらくぼんやりと過ごした。すこし前に父親から贈られた品で、これに触れると自然に気持ちが和らいだ。 ――もう、怖くは、ないと思う。……何が? さきほどの奇妙な体験を振り返る。幽霊と目が合ったとき、あれほど恐ろしかったのが、今は何ともない。そもそも、あのとき何を恐れたのだろう。冷静に思い返すと、人の死に怯えたのでも、幽霊に怯えたわけでもない。 ――あの目、かな……。 まだ四、五年の人生の中でではあるが、あのような気味の悪い目つきに出会ったことがなかった。それだけではない。 ――変に話を逸らされた。 幽霊を見たなどという、在りもしないようなものの話をしたからだろうか。否、この子どもの両親は、鬼やおばけや雷様や、そういった子どもの信じるものを、真っ向から、あるいは先回りして潰していくような人間ではない。両親との会話を一言ずつゆっくりと思い出す。 ――林の、小屋? 確かにそうだ。幽霊の話については、「どこに居たのか」と聞かれたのだから、そこまではいつもの父親だったのだ。 ――ばあちゃんが生きてたら、教えてくれたかなぁ。 父方の祖母は生前、孫をよくかわいがった。父親が言いよどんだことなどは、たいてい彼女がこっそり教えてくれたものだった。 花壇の向こう側、低木の傍らにたたずむ小さな人の姿に気付いたのは、どれほど経った頃だろう。カイトは息を呑む。その幼子は、冬の鳥やうさぎのように真っ白であった。 □ ――あれは、さっきの! とっさに逃げようとしたものの、腰が抜けて動けない。ことり、と手から滑り落ちた組木の星が物音をたてたせいで、振り向いた「それ」と目が合ってしまう。 「……あれ?」 その瞳はまぶしすぎない青色で、ちょうど夏雲の影のような色をしていた。浴衣は植物と同化しがちな草色で、下方を盗み見ると、二本の足がきちんと草履をはいている。それは、先ほどの幽霊ではないようだった。 「……」 相手も小さく口を開き、声もなく見つめ返してくる。背丈は自分と同じくらいだろう。肌も髪も白いが高齢ではなく、おそらく同じ歳頃だ。けれども、カイトはこの幼子の名前を知らないし、この村の子どもなのかすらわからなかった。 カイトが何もできずにいると、白い子どもは憂鬱げに目を伏せて、少し背の高い木の根元に腰を下ろした。手頃な長さの枝を拾い、カイトの存在など初めからなかった様子で土の上に何かを描きはじめる。空にはうす雲がかかり、日差しは幾分か弱まっていた。 不思議な心地がした。独りになりたくてここまで来たのに、ここを離れる気にも、相手を追い出す気にもなれない。カイトはただなんとなく、その子どもの足元に広がる世界を眺めていた。 「あ……、」 気になって、もっとよく見ようと近づくと、それが一定の法則性を持つ図形の集まりであるとわかった。要するに、毎晩父親が作ってくれるような、仕掛けを考える遊びだ。 「ねえ、」 もんやりした気持ちはどこかへ行ってしまって、自分でも驚くほどの、明るい声が出た。 「かっこいい、仕掛けだね。ぼくに解かせて!」 返事も待たずに、カイトは子どものもとへ駆け出していた。 PR |
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