2024 11,25 13:50 |
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2024 06,18 21:34 |
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+++ 強く、気高く、まっすぐで。 ――ただそこに在るだけで、空気を澄み渡らせ。 それでいて、愛らしく、香る。 ――ただそこに在るだけで、周囲を和ませ、安らぎを与える。 私はそんな存在になりたいと、望んでいたけれど。 □ からくり喫茶。イングランド地方のとある路地裏に、その店はあった。少し趣向の変わった喫茶店で、品書きに並ぶものの値段はいずれも、通常の店の3分の1程度と格安であった。しかし、決定的に普通の店と異なるのは、店内のそこここには仕掛けのパズルが置かれている点である。時間帯によって店内のパズルを入れ替えるので、客層も、それに合わせて変化した。家事を一段落終えた主婦であったり、学生の集団であったり、スーツを着込んだ仕事帰りのホワイトカラーであったり、朝方まで居座る飲んだくれであったりと、実に様々であった。 女は、夜10時から閉店の朝7時までの毎日9時間、そこで給仕をしていたが、その日、パズルを握り締めたまま酔いつぶれて、朝になっても一向に目を覚まさない客が居た。 「困ったわね……」 「そら、店の玄関にでも引きずり出しておくか。秋が近いからな、涼しい風にでも当たれば嫌がおうにも気が付くだろう」 「店長……。それで13時からの開店までに目を覚まさなかったらどうするんです? 店が追い出した男性客が凍死だなんていったら、私たち、呪われるわ」 「じゃあ、君はどうしたいんだ」 「……、それは……」 温情から女に担いで連れ帰られた男は、その日も、その翌日も、自宅に帰ろうとしなかった。 「……家がない?」 「あぁ、だから置いてくれ。何でもする。家事でも、お守りでも」 「うちに子どもは居ないわ」 「何だ、居ないのか……? もしかして旦那も居ない? 母親も?」 「……何かご不満でも」 「とんでもない。その逆だよ!」 男の言葉に嘘はなく、掃除も、洗濯も、その翌年の夏に産まれた娘の世話も、実に精力的にこなした。 「とうさんとかあさん、どっちが好きだい?」 「んん? どちあもお!」 利発だが甘えたがりの幼子は、喫茶店の備品であるシリコン製の毬のような玩具を足元に置いた。そして、淡いラベンダー色の虹彩をくるくると移動させながら目の前の男女を見比べ、短い手足を懸命に伸ばして男の膝に乗ったかと思えば女の腹に抱き着くなどしていた。 壁紙は剥がれたままで、食事は毎日2度ほど。着る服など一つの季節に3枚あればいいほうだった。 決して裕福ではない暮らし。 それでも娘が4歳になるまでは、女も、男も、娘も、それなりに幸せだった。 □ 私は、中庭で独り、花を眺めて過ごす時間が好きだった。特に気に入りは、私の背丈ほどの高さの柵で囲まれた大きなバラ園の迷路の花たちで、その高貴な姿と香りに、私はいつでも心洗われ、癒された。バラを見つめていれば、嫌だったこと――私が地元の公立小学校に入学する資格を持たないと知ったその晩、父さんが居なくなり、翌朝には母さんも居なくなり、しばらく施設で暮らした、あの最悪な記憶も――、少しだけ、忘れていられるような気がした。私は戸籍がなかったため、地元の小学校の代わりにクロスフィールド学院初等部に身を置くことになったのだった。 バラ園の迷路の途中、小さな物音と、人の声が聞こえることに気付いた。いつもはこんなに奥のほうで人に会うことなど滅多にないのだけれど――、不思議に思いながら毎日のお決まりの順路を進むと、小さな少女がその場にしゃがみ込んでいた。彼女は桃色掛かった美しいゴールドブロンドの髪を振り乱し、嗚咽を漏らしながら、可憐なバラの花弁をむしり取っていた。足元に千切られた深紅の花弁が、絨毯のように厚く積もっていく。愛しいバラたちを傷めるその姿はもっと痛々しく、私は考える間もなく駆け寄り、膝や脚に土が付くのも構わず彼女の肩を抱いた。 「どうして……。いいえ、……どうか、したの?」 「……貴女こそいきなり……、私(わたくし)に何の御用ですの……?」 突然抱きしめられて驚いた少女は、私を嫌がり、睨みつけ、両手で肩を押すようにして、もがいた。 艶のある長い巻き毛、品の良い言葉遣いと、春の新芽のような柔らかい黄緑色の瞳。それらに対し、少女の態度と眼つきの悪さが、どうにもミスマッチだった。 「バラが、痛いと悲鳴を上げているわ。花も、生きているの」 「お花が? 生きていますの?!」 「そうよ。まずは、落ち着いて。……ほら、こんなに良い香りでしょう?」 怒気を含んだ声で花の命について尋ねた少女の右の手首を、私はそっと掴み、代わりに、髪留めにしていた一輪の小ぶりのバラを外して彼女の鼻の辺りに差し出した。 ――生きているから、素敵な香りがするの。 私の悪意のなさを感じ取ってくれた彼女はようやく静かになり、華奢なその身体は腕の中にすっぽりと収まった。 「私で良ければ、話を聴かせてくれないかしら」 少女は名をメランコリィといい、一学年下の1年生だった。最近転校してきた東洋人の同級の男子に「お前のパズルは普通だ」と侮辱されたらしい。悔しくて悔しくて、今日は午後の授業を全て欠席してしまったとのことだった。 「あら。その男の子は、心が狭いわね。人間の価値は、パズルで決まるものではないわ。人を傷つけてまで自由に生きようとするその子の生き方に、私は賛同できない」 ――そんな人間には、親になる資格もなければ、生きる資格すら与えられずして然るべき。 「それに、貴女のパズル、今見せてもらった限りではとても面白い、と私は思うけど」 「わぁああ! 本当に……? お姉様、大好きですわ……!」 クヌギの実のように瞳を真ん丸に見開くと、メランコリィは私のお腹に抱き着いた。 子どもの頃、こうして母に甘えたことを、私は思い出さずにいられなかった。 □ 「お姉様、お誕生日おめでとうございます! 私からの、ほんのささやかな気持ちですわ!」 ある年度の終わり、夏の長期休暇にそろそろ入るかという頃、小さく愛らしい後輩の少女・メランコリィは、丁寧にラッピングの施された箱を捧げ持ち、私に両手で渡そうとした。けれど、一目でそれが高価なものであると察した私は、すぐに受け取ることはできなかった。 「そ、そんな……。お気持ちだけで嬉しいわ。メランコリィ」 「受け取ってくださらないの? お姉様はいつも私にお花の髪飾りを下さるのに?」 内心がすぐ態度に現れるメランコリィは、むくれて私のほうを見た。 「次元が違うわよ。咲いているお花には、等しく値段がないもの。学友にこんなに立派なものをあげては、いくらお金持ちの貴女でも、ご両親が心配なさるでしょう」 「お姉様が喜んでくれるって、絶対にこれが良いって、私が考えたものですのよ! とにかく、まずは開けてみてくださらない?」 お嬢様ならではの押しの強さに負けて、私は豪奢なリボンを恐る恐る解き、包装を剥がし、最後に蓋を開けた。中には紺色の丈夫な箱が収められており、宝石箱のようだった。さらに蓋を開け、中に敷かれた深紫色のクッションの上に嵌められていたのは、燻し金の厳かな輝きを放つ、知者の象徴を模したリングだった。 「これは……、貴女とお揃いの?」 「その通りですわ。親愛なるお姉様を、お慕いする証ですもの」 メランコリィはブラウスの袖を捲ると、リングを嵌めた細い左手首を胸の前に置いた。 「オルペウス・オーダー。人類を神々の軛から解放するために戦う騎士団。人類の能力を最大限にまで高めたとき、あらゆる不条理や理不尽がこの世界から消えてなくなりますわ」 「不条理や、理不尽……」 聞こえはいいけれど、長期休暇には自分の帰りを待つ肉親が居て、裕福に暮らす、甘やかされて打たれ弱く、わがままで、幼稚なこの子に、一体どんな不条理や理不尽が理解できるというのか……、そう思わなかった、と言えば、嘘になる。けれども、その次の言葉を聞いてしまえば、もう私には、拒む理由など、残されていなかった。 「何か勘違いしていらして? 私にも、父と母は居なくてよ。だから……、いつでも私の傍に、居てほしいの」 □ オーダーに入団してから、私の生活と心境に少しだけ変化が現れた。 まず、生活。 今までは学院寮で毎晩寝ていたけれど、オーダーになってからは後援の財団にその屋敷内に広い部屋を与えられ、金曜と土曜の夜はそちらで過ごすようになった。メランコリィは幼少の頃からこの施設で過ごしているらしく、楽しい遊戯や屋敷内の情報に通じていた。美しい噴水やバラの植え込みなど、私の好みそうな場所にもよく案内してくれた。 そして、心境。 この広大な敷地と優雅な演出がそうさせるのか、いつの間にか、失踪した両親への複雑な思いは薄れていた。オーダーの指揮者であるクロンダイクは、姿こそ見せないものの、私を貧しいからと馬鹿にすることも、子どもだからと顎で使うようなこともなかった。私たちの世話役兼直接の上司にあたるホイストを通じて指示を伝えてくるだけでなく、週末には一流の食事をふるまってくれたし、レディに相応しいものを身に付けなさいと、アンティークの小物を贈ってくることも度々あった。木製であったり、琥珀が用いられていたりするそれらには温かみがあったので、学院の自室に持ち帰り、ドレッサーの端などに好んで飾っていた。 しかし、そのような静かな幸せで満たされる日々が続いたのも初めの内だけだった。徐々にメランコリィは世話の焼ける悪戯や粗相を繰り返すようになり、可愛いだけの妹分では済まなくなっていた。 例えば私は、同年代の女子に比べると、背の高い方だった。身体の成長が早く、周囲よりも一足先に、大人に近づいたように思う。下着も成長に合わせて買い替える必要があり、P.E.の授業の前後で皆と一緒に着替えるのが、少し恥ずかしく感じられてしまうこともあった。 「こら、メランコリィ! 待ちなさい! 返して!」 「わぁ~、お姉様の下着、ふっかふかで気持ちが良いですわ!」 上級生の教室に我が物顔で侵入し、私の下着を見せびらかすように走り回る。女子だけの空間ならまだしも、学院には男子もいるのだから、本当にたまったものではなかった。 一方、オーダーからの招集命令が掛かると、髪を梳かしてだの、着替えやお化粧を手伝ってだの、集合までの限られた時間の中で、とにかく沢山のことを頼まれた。気に入ったようにやらないとすぐに私の髪の毛を引っ張り、ぐずる。学年は私と一つしか変わらないのだから、そろそろ自分でできるようになってくれてもいいのではないかという、腑に落ちない思いも少なからずあったが、電話口で泣きそうな声で「お姉様……! 手伝ってくださらないと時間に遅れてしまいそうなの……!」などと頼み込まれると、自然とメランコリィの部屋へ足が向いてしまうのだった。 ある日曜の午後、独りで遊びに出掛けたメランコリィを見送り、屋敷のロビーにある立派なソファに凭れかかってぐったりしていると、頭の上から声が掛かった。 「ミゼルカ、お疲れのようね。妹の世話の大変さ、よくわかるわ」 「あぁ、イヴ……。貴女が明るい場所まで来るなんて、珍しいわね」 「たまにはね」 淡い月色の柔らかなロングヘアを揺らし、私の隣にすとんと腰を下ろした女性は、同じオルペウス・オーダーの子どもである、イヴ・グラムだった。年齢については私より少し上のようだが(「少なくとも貴女よりはオバサンだから」と言って、教えてくれなかった)、一緒に過ごすには気にならない差のようで、むしろ今の私にとって最も心安らぐ相手は、この女性だった。私は身を起こすこともなく、だらしない姿勢のまま彼女の膝の上へ手を伸ばした。彼女はすぐに、ひんやりとした両手の平で撫でるようにして、私の手をリングごと優しく包み込んでくれた。 「貴女も昔、自由すぎて大変な弟の面倒を見ていたと、言っていたわね」 「えぇ、本当に、あの子は自由な子だった」 もともとかすれ気味で落ち着いた声質のイヴは、さらに声のトーンを落として、呟いた。 「あの子さえ居なければ、今頃私は、ここには居なかった……」 「イヴ……」 ――もしかしたら、私も、父さんと母さんと3人で一緒に暮らしていれば、ここには居なかったかもしれない……。 彼女の両手に不自然な力が籠められたのが伝わった。弟の話題になると、決まって暗い表情をする。穏やかな彼女が、冷たい眼をするとき、私は何故か胸の奥がざわついた。 「貴女も、無理することない。私みたいに人生を踏みにじられる前に、離れてもいいと思うの。一瞬でも辛く感じてしまうなら、それは愛情ではないわ」 「愛情?」 「……ッ、ごめんね、そろそろ、私は、眩しいのが苦手だから……」 心地の良い掌の感触が、するりと滑って消えていく。イヴは音もなく立ち上がると、目を細めながら、申し訳なさそうに私に微笑みかけた。そして、肩に掛けていた毛足の長い紅色のポンチョで顔の前に庇を作り、絵を描くこともないのに住み込んで暮らしているというアトリエへ、ゆっくりと戻っていった。 □ 快適さと、忙しさ。両方の面でオーダーの生活にも慣れた頃、新たにクロスフィールド学院の後輩が入団してきた。 「俺はピノクルっていうんだけど……。ここは別嬪さんが沢山いて幸せだねぇ。よろしくちゃーん」 ピノクルと名乗った長身の少年は、かつて日本の女児に流行したといわれる「おかっぱ」のような奇妙な髪型と、ショッキングピンクの色眼鏡の奥から覗くいやらしい目つき、ねっとりとした話し方が特徴的だった。 学年は少し離れていたが、噂くらいは聞いたことがある。根暗のgeek。彼は、情報技術に関して卓越した知識を持ち、また、他方では話術にも長けているという。機械に熱中し、女たらしで、相手を責めて言い包めるような特殊な言葉遣いばかりを好む――、端的に聞いただけでも虫唾の走るタイプの人間だった。 それでも私は、しばらく過ごしているうちに、彼の意外な側面に気付くようになった。ピノクルは、独りで過ごしているとき、機械いじりをしていない場合は、必ず一人の男子生徒を見ているのだった。彼よりも少しだけ、背が低いだろうか、緩いウェーブの掛かった白金の髪をした碧い眼の生徒で、なんとなく、いつも沈んだ印象だった。 その情報収集能力を生かして誰かの動向をトレースするなどして、探偵のような小遣い稼ぎをしていると聞いたこともある。あの男子生徒も誰かからの依頼によって目を付けられてしまったのだろうか、と、他人事ながら不憫に感じていた矢先、そんな彼も入団してきて、名をフリーセルというのだと知った。フリーセルも、メランコリィを侮辱した男子生徒に何か酷いことをされたと話していた。 「だからさぁ……、美しいお嬢さん方、フリーセルに優しくしてあげて頂戴? 頼むよ、クククッ……」 「大門カイト、サイテーな男ですわ!」 「本当ね……。フリーセル、安心して。ここにはそういう人間は居ないから」 日本に在る姉妹校、√学園へ既に転校してしまったそうだけれど、そんな、人の気持ちも考えられない、身勝手で迷惑な子は、早くいなくなってしまって正解だ。どうせ母国でも、周囲から嫌われ、孤立していることだろう。 ピノクルとフリーセルは、それまで特に仲が良かった風には見えなかったが、男性の少ない組織のせいか、2人は屋敷の中では一緒に過ごしていることが多かった。実際、騎士団として中心的活動している生徒は5人おり、残りの1人も男性だったが、その男性は極度に無駄を嫌う性格の持ち主で、馴れ合いを無駄だという理由で他人との一切の関わり合いを頑なに拒んでいたため、2人はますます一緒の時間が長くなっていった。 □ 入団するまでのフリーセルは非力で、儚い印象だった。けれど、こちらの屋敷に来てからは、時折部屋で家具を蹴り飛ばし、投げつけ、大声で当たり散らしているようだったため、機嫌を損ねがちで少々乱暴な少年、という印象に変わっていった。メランコリィはすっかり怯えてしまい、彼と目が合っただけで私の後ろに隠れるなど、あからさまに気味悪がった。 「こら、失礼でしょう。……ごめんなさいね、フリーセル。この子は温室育ちの上に人見知りで……、そのうち慣れると思うの」 「いいよ、別に。誰にでも苦手なものくらいあるさ。そうだろう? ウフフッ」 「嫌ぁあ……」 自分が嫌われているにも関わらず、彼はメランコリィへ笑顔を向けた。部屋の前を通る度にあんなに激しい物音を立てて荒れている少年だとは信じられないほどに、無垢で可憐な表情だった。 しかし、彼が笑顔でピノクルを平手打ちした時、その笑顔が無垢でも可憐でもなく、特別な意味を持つ常軌を逸したシグナルであることを、私は初めて知った。2人の関係を見ていると、考えたくない何かを考えてしまう気がして、胸がざわついた。しかし、その直後のゲームで私が敗戦したため癇癪を起こしたメランコリィのお守りに追われて、すぐに忘れてしまったので、それはそれで良かったのかもしれない。 □ 大門カイトと接触してから、実に不快な事件が頻発した。アナ・グラムとの遭遇やイヴのリングの真贋の発覚と、ピノクルの死亡。フリーセルとメランコリィの行方は知れず、そして、ホイストからの伝令もない。同学年だが滅多に会話をしたことのなかったダウトと2人で、オルペウス・オーダーの行く末を案じている矢先だった。バラの咲き乱れる庭園を小さな歩幅で歩く、その背中を見つけたとき、私の心にどれほど温かいものが流れ込んできたことか。 「今まで姉妹ごっこの遊びに付き合ってさしあげただけ。さようなら、レプリカリングのお姉様」 彼女と初めて出会った時と同じように、小さな少女は私を睨みつけ、誇り高き国花の花弁を乱暴にむしり取り、撒き散らした。その場にそぐわない無邪気な笑い声をあげながら、美しい景色の中へ、姿を消していった――それが、彼女との最後だった。 「……ミゼルカ。メランコリィは……」 「……っ、私は……、」 自由気ままで、身勝手で、私はそんな人間に困らされてきた人たちの、心の支えになりたいと思って、生きてきた。 私は父さんや母さんとは違う。 誰かを置いて行ったりしない。寂しい思いなんて絶対にさせない。 花園で泣きじゃくるメランコリィを、アトリエで静かに微笑むイヴを、悲しい時ほど綺麗に笑うフリーセルを、そして、彼を想って辛い顔をするピノクルを、見たときに……、彼らにとって、私は必要な存在だと。彼らにとって、私が傍にいてあげることは、幸せに違いないのだと、常にそう確信していた。 けれど。 メランコリィは初めから私など必要としていなかった。イヴを実験体だと知った途端、私は彼女の心の支えになることを放棄してしまった。フリーセルは、瓦礫の中に飲まれ、今はもう、どうなっているか分からない。ピノクルに至っては、既に亡くなってしまった。幸せになど、してあげられなかった。 「私は……、『一緒に来い』、そう言われれば、私は行くわ」 もう、今の私には、ダウトの背中に凭れかかることしかできなかった。思い上がりに気付かされた私は、ただ本当に無力で、惨めなだけだった。 □ 「強く、気高く、まっすぐで」 ――ただそこに在るだけで、空気を澄み渡らせ。 「それでいて、愛らしく、香る」 ――ただそこに在るだけで、周囲を和ませ、安らぎを与える。 「私はそんな存在になりたいと、望んでいたけれど」 あれからすぐに、ピノクルの無事が確認された。私たちのリングが偽物であると情報をリークしてくれたのも彼だったようで、内心悪趣味だと軽蔑していた小遣い稼ぎの探偵ごっこも侮れないものだと見直した。クロンダイクやホイストの野望を知り、大門カイトらへの不信感も消え、フリーセルも無事、一緒に学院に戻ってこられた。イヴとは、今はメールでやりとりをしている。メランコリィにはあれから会っていないけれど、世の中には私の両親よりも碌でもない親戚を持つ子どもがいるものだと分かって、良い社会勉強になった。 「本当は、違ったのね。そんな存在になりたいんじゃなくて、そんな人が、傍にいてくれたらなって、ずっと夢を見ていたの。……貴方のことよ」 学院の中庭にある、バラ園の迷路。 ダウトと私は、そんな昔のことを思い出しながら、静かに順路を進んでいた。 「俺が? ……ミゼルカ、お前は正気か。お前は俺が可憐で愛らしい花に見えるのか。良い香りがするか。どうなんだ」 真面目すぎて、言葉をそのままに解釈しがちな彼は時折、予想外の言葉を返した。急に足を止めるとこちらに向き直り、私の両肩を掴むと、説得でもしはじめるかのように、真剣に問い正してくる。その様子があまりにも滑稽だったので、私は自らの言葉に訂正を加えながらも、思わず笑ってしまった。 「あ、そういう意味じゃなくて、」 「物事は効率的に考えろ。お前こそ、まさにその通りだと思うが」 「え……、それは、どういう」 逆に私から問いかけると、ダウトは前を向き、再び歩き出した。先ほどまで彼の触れていた、長袖のブラウスの肩の部分が途端に涼しくなって、物足りない気持ちにさせられる。 「ねぇ、ダウト待って」 「……次は、左だったか? その次は、右だな。そしてまた右」 「ちょっと! 聞いてるの?!」 制止の声を無視してずんずんと出口に近付いていく広い背中を、私は懸命に追い掛けた。 PR |
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