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2019
06,13
02:00
■【帝梵】献身の華は一輪にあらず
CATEGORY[なむあみ蓮台 - 物語]
アニメ8話・快気祝いの晩の出来事です
※性描写あり
帝梵ですが、背景として阿修羅と帝釈天のリバーシブル要素があります
所々マニアックな表現があるので、お好きな方はどうぞ
こんなことがあれば、
翌日に土手で大いに盛り上がってしまうのも、一緒に歌いだしてしまうのも、
異世界で以心伝心にドロドロチューチュー(婉曲表現)してしまうのも頷けます 合掌
+++
阿修羅はなぜマーラの手下に下ったのだろう。
それがもし自ら選んだ道なのだとしたら、あいつは今、何に苦しんでいるのだろう。
わかってやりたい。
救ってやりたい。
そして、また、共に……
「……釈天、帝釈天。開けるぞ、帝釈天」
「……、……! ああ、」
部屋の戸を幾度か叩いて入ってきたのは同輩の白い仏だ。
俺が瀕死で帰還したあの晩以来、できるだけ傍に居ようとしている様子だった。湯から上がって間もないのか、夕食時に隣に居たときよりも艶やかな頭髪から、温まった花の香りを濃く感じる。俺は日中、湯治に勤しんでいたので、今晩は入らず自室でぼんやり過ごしていた。
「今の俺はもう、黙って居なくなるような心配はないのだが」
「そうではない。私が好きでしていることだ、気にするな」
俺は布団の上に胡坐をかき、部屋に一枚しかない座布団を勧める。いえ結構、と即座に断られ、畳に直に座られるいつもの流れに気がほぐれた。
「あらためて回復おめでとう、帝釈天。薬師如来様のお力もさることながら、お前の強靭さに感服させられたぞ。先ほどの観音菩薩様の草まんじゅう、美味かったな。お前は好物の甘味が2つもいただけて、良かったではないか」
この仏が以前から俺のことをあまり好いていないのは明らかだが、それでもこうして愛想を作り、気に掛けてくれているのは、純粋にありがたいことだ。あのとき、意識を失いかけていた俺に必死に呼びかけ、今にも泣きそうな様子で抱き起こしてくれたのも梵天だということを、はっきりと覚えている。これも釈迦如来様の素晴らしい教えの賜物といえるだろう。
「ありがとう、梵天。お前にも随分世話を掛けてしまった。本当にすまなかった」
「私は別に……、初めから腹を立ててなどいないと言っているだろう」
しかし、そっぽを向かれてしまった。本質としてこういう気難しいところがあるのは確かで、単純な思考の俺には未だ言動を理解しきれないことが多くある。
「ところで帝釈天。お前に訊ねたいことがある」
「……俺に答えられることならば」
先日、俺と阿修羅の間に何があったのかを訊ねられ、遙か昔の苦い記憶をゆっくりと辿った。話すのは得意ではないが、梵天が俺のことを誤解していたとわかったので、話した甲斐はあったのだ。
「今回ほどでないにしろ、心身を消耗したとき、阿修羅といた頃はどうしていた?」
確かに。どうしていたろうか。
ふたりで旅をしていた頃は、衆生に付きまとう煩悩をなぎ払う毎日で、とにかく怪我が絶えなかった。俺も阿修羅も丈夫な性質だが、何せたったふたりで動いていたので、煩悩の規模によっては大きく消耗していたはずだ。そもそも薬師如来様のような癒しに秀でた仏は多くないし、煩悩の噴出する地域は気候や地理的条件に恵まれないことが多く、湧水の確保や薬草・鉱物などの調達にも苦労した。
俺は腕を組み、しばらく考えてようやく思い出した。久しく行っていないと、記憶は埋もれていくものか。
「……抱き合っていた、と思う」
「『抱き合う』とは?」
一言ではわかりづらいのか、同輩は怪訝な表情で首をかしげている。
「ああ。衆生の者たちは、それを『まぐわい』『交合』など様々な言葉で表現する。お前も、カーマ・スートラは知っているだろう?」
「もちろんだ。釈迦如来様を支えるため、衆生に大きな影響を与える文献にはすべて目を通しているからな」
こういうとき知的な仏は頼もしい。書物の名称を出してやると、梵天が自慢げに鼻を鳴らした。もっとも、あの書物に限定していえば、釈迦如来様をお支えするにあたり直接関係するものではないのだが。
「しかし、俺たちが行っていたのは、単なる肉体的な交わりとは少し異なる。異国を訪れたとき、その土地の人間から直接、阿修羅とともにそれを学んだ」
「お、お前、仏のくせに、女性と交わったのか……?」
目の前の同輩が眉をひそめ、ずり……、と畳を後ずさった。
片手を胸の前に上げ、直ちに訂正する。
「勘違いするな。仏が人間と交わるなど、そんなことはできない。阿修羅とだ」
「阿修羅と!」
次に、瞳を大きく見開いた。まあ、やむを得ないか。
「俺も阿修羅も限りなく男性に近い体つきではあるが、別に問題はなかったぞ」
「ほぁ……」
今度は呆けた声を漏らし、神妙な顔つきで俺を眺めているようだ。
「あれはいい。簡易的な治療の役割を果たしてくれた。節度を保ち、互いの意識を集中して正しく行えば、傷が癒え、心身が軽くなり、心地よい眠りにつけたものだった。さすがに大きな怪我は安静にするより他はないが、精神的な充足感では薬師如来様のお力にも勝るかもしれない」
俺は無意識に、阿修羅と抱き合って眠った夜を思い出していた。互いの熱が体の奥からじんわりと伝わり、新鮮な風が体中をさわやかに吹き通るあの感覚が、とても懐かしい。
旅の間、衆生の者は俺たちに多くのことを教えてくれた。俺たちは人々の穏やかな日常を守るために在る。彼らが大切にしているものを理解するには、可能な限り彼らと同じ視点に立ち同じ経験を重ねていくのが一番だと、俺たちはそう考えていたし、だからこそあの日俺たちは決別してしまったのだ。
「ふむ……」
梵天は片手を顎にやり、しばらく思案している様子だったが、手のひらをぽんと叩いて口を開いた。
「帝釈天、それは私とは行えないだろうか」
「うん?」
「だから、その特殊な交合を帝釈天と私とで実施できないかと訊いている」
今まで驚いていた奴が何を言うかと思えば。俺のほうが面食らった。
幸い、体力は昼間の湯治で支障ない程度まで回復している。しかし、それを生業にする者ならともかく、一般的には親しい相手と行うことで成果を得るものだ。
「俺とお前はそこまで親しくないだろう」
「そこをなんとか!」
「ううむ……」
聡いこいつのことだ、考えがあってのことなのだろう。事情はわかりかねるが、一連の礼も兼ね、できるだけ協力してやりたかった。
「……やってみるか」
「本当か、ありがたい! よろしく頼む」
「ああ、よろしく」
俺たちはその場で両手をつき、深く頭を下げた。
■
梵天は別に今夜でなくともと言ったが、俺は今がいいと思った。互いに多少消耗しているときに行ったほうが、効果を実感できるからだ。気にしているので指摘しないでいるが、元来こいつは体が丈夫でない。今回の俺の怪我の件では幾晩も枕元に付き添ってくれたし、腹の傷痕も完全には消えておらず、本調子でないことは承知している。
「梵天、念のため確認する。相手は問わないが、誰かと交わったことは?」
「私は仏だぞ! あるわけがない」
「そうか」
阿修羅とするときは、気を交換するのか与えるのか、互いの状態に合わせて調節していたが、今回は勝手のわからない梵天相手なので、より慎重な判断が求められる。ジャージ姿のまま俺の布団に招き入れたのち照明を常夜灯に切り替え、向きあって合掌した。
「できるだけ楽な姿勢で、俺が触れる場所に意識を集中してほしい。お前は俺のどこに触れていても構わない。当然、危険なことはしない。だが、俺とお前は初めてで、相性などもある。不快なことがあれば、その都度遠慮なく伝えてくれ。状況によっては中止もあり得る。悪く思わないでほしい」
「承知した」
まずは梵天の左肩に、そっと右手のひらを添える。合掌を続けたまま、紫の瞳がこちらをじっと見ていたので、こちらも見つめ返した。
深呼吸を繰り返し、服の上からでも体温が馴染んだあと、触れる面積を徐々に増やしていく。
左胸。右肩。右胸。右背中。
両背中に腕を回すと、自然と顔が近づく。梵天は細い首を左に倒し、そっと身を委ねてきた。頼まれて始めた行為とはいえ、普段の様子からは意外に感じる。
「梵天、大丈夫か?」
「……、……」
こくりと頷くだけの、小さな返事であった。そろそろと頬を寄せ、両腕に少し力をこめてみたが、嫌がるそぶりはない。
「花の良い香りがするな」
「ん……、……」
熱と匂いが、触れているところから融けていく。衣服が擦れ、2人の穏やかな呼吸音と柔らかな白い髪の束が俺の胸にこぼれる静かな音だけが響いた。
梵天を横たわらせ、俺も添うように肘をついて寝そべる。頬に手を当てると、手のひらにしっとりとした感触が伝わった。さらに梵天が手を重ねてきて、温かい、と小さく呟く。俺はそうだなと返した。
顎、首、肩を通り、胸、脇腹をゆっくりと愛撫する。この仏の胸の、腹の、なんと薄いことか。
「……ッ、……!」
梵天ははじめ、服の上を手のひらが滑る感覚に睫を震わせていたが、やがてこちらを見遣ってそろりと腕を伸ばし、俺の背に手を置いた。
「帝釈天、私も……」
言葉もなく抱き返し、俺たちはそのまましばらくじっとしていた。梵天の中に、湧水のような清らかな力が巡っていることをかすかに感じ取れた。
心臓の音がすっかり落ち着いた頃、再び腹をさすって気の動きを探る。視線を合わせ、梵天の意思を確認した。
「唇で触れても、構わないか?」
「……、お任せしよう」
「気分が悪くなったら、すぐに言ってくれ」
肩を抱き、頭を支えながら、初めは額に口付けた。続いて瞼、鼻先、頬。最後にそうっと唇を合わせる。俺は阿修羅以外の唇を知らないが、なんて小さく、柔らかく、ひんやりとして瑞々しいのだろう。
意識を集中させ、俺の気をゆっくりと梵天の中に注ぎ込んでいく、が。まもなくして梵天は、俺の胸を押し返し、自らの胸元を押さえて噎せた。
「……う、帝釈天。少し、苦しい……」
「っ! すまない……」
暗い部屋の中、金色の霧が咳とともに口から漏れ出て消えていくのが見えた。
なるほど。俺と梵天とでは、肉体に収めておける気の容量がかなり違うということか。試しに口を「吸う」と、梵天は楽になったようだった。
それにしても、なんともいじらしい唇である。俺の唇にしっとりと付いてきて、離れるときには小さく名残惜しげな音が立つ。
「お前も心地良いか?」
「ッ、んン……」
幾度か唇を合わせて気を馴染ませていると、頷く梵天の鼻から甘い声が漏れた。自分のジャージの襟元に手を掛け、ややもたついた手つきでジッパーを下ろそうとしている。俺も梵天も、気付けば生地が大分湿気を帯びていた。
互いに下着姿になり、再び口を吸いあう。梵天が俺の頬を包んで耳たぶや首筋をさすってくれ、自然と表情が和らいだ。
体をずらし、肩口に顔を埋めて汗の香りを堪能する。髪の花飾りとは異なり、梵天自身の清廉な香りが鼻腔を抜けていく。白い胸に手を置くと、しっとりとした質感の中に、弾力のある小さな突起が触れた。
「梵天、ここは好きか?」
その突起は小指の爪の先ほどもなかった。俺のものと比べると本当に小さく、色合いもとても淡い。部屋を暗くしているせいもあるが、周りの肌とほとんど境目がわからないほどの、ごく薄い桃色をしていた。傷つけないよう、両親指の腹をふわふわと浮かせながら擦ると、芯を持ってかすかに立ち上がった。その様子をじっと見つめていた梵天が、俺を見上げて言葉を返してくる。
「よく、わからない……」
「そうか? 俺は割合、好きなんだが」
突起の周囲を大きめに摘まみ、弱い力で捻りながら丁寧に揉みこむことを繰り返す。片方には顔を寄せ、そっと唇で包んで優しく潰した。
「っあ! ンッ、あ……ッ、これはッ……」
どうやら梵天は唇で挟まれるのが好みらしい。白い頬を色づかせ、細い体をびくつかせる姿に俺は安堵した。
汗ばんだ腰と腹を念入りに慈しむと、梵天はせわしない呼吸ですらりとした脚を敷布に泳がせ、時折声を詰まらせる。手のひらの接しているところからきらきらと霧が立ち昇り、新しい気が盛んに練り合わされている様子が見えた。互いの肉体が金色の熱を帯びていくにつれて、梵天の瞼は今にも閉じそうになっていく。
「た、帝しゃく、てん……」
遠のく意識を繋ぎとめるためか、俺の肩に回した両腕に力が加わった。首を振って俺を見て、どうにか声を絞り出している。
「どうした?」
「俗に言う交合は……、どちらかの魔羅を、相手の内側に収めるものと、見聞きしているが……」
「…………」
わかりづらいが、これは催促されたと捉えてよいのだろうか。
「衆生が子を授かりたい場合はそうするが、今は別の方法を取ろうと思う」
「別の方法?」
「そうだ。痛い思いをせずに済む。……中を検めて構わないか?」
「頼む……」
俺は手早く下着を脱ぎ、梵天の腰から両手を差し入れる。
天界での装束と異なり、梵納寺で支給された現世のものはぴたりと体の線に沿うもので、中の状態がよく目立つ。ぐっしょりと濡れた形の良い魔羅が柔らかい布地を押し上げ、梵天のそこは、とても窮屈そうだ。しっかりと前面を持ち上げて捲るが、どうしても先端が擦れてしまう。
「……ッん!」
腰を震わせ、布越しに透明な精がじわりと滲み出る。
「……すまない。触れるぞ」
結局は片手を前にやり、擦れないよう先端を包んで下着を引き抜いた。その間も俺の手のひらに温かな精がとろとろと灌がれていた。
「……ふ、ッう、……」
片腕に白い体を抱く。肩や首筋、頬に口付けを降らすと、霧が集まり清らかな金の蓮華が次々に咲いた。空いた手で梵天の魔羅を掴み、露を帯びた白い下生えごと丁寧に扱いていく。俺や阿修羅のものほど太くなく、淡い色合いで、芯はあるが表面はふわふわとした触り心地だった。
それにしても、梵天は実に魔羅が弱い。触れる前からひどく濡れていたし、こいつのことだ、普段から抜いておく習慣がなく、せいぜい遺精に頼っているのだろう。対する俺の魔羅は支障なく起立を保っているし、ほとんど漏らしていない。梵天の体が弱いというのはこういう点も含まれるのだろうと、妙に納得してしまった。
「帝釈天……」
「わかっている」
もう、いきたくて仕方がないらしい。首筋をそっと撫でると、俺を見つめる紫色は今にも融けてしまいそうだった。節度を保つと言った手前、あまり長引かせるのは気が引ける。俺は自らのものを軽く二、三度扱いて、梵天を跨ぎ腰を寄せた。
「梵天、合わせるぞ」
対面する向きで体を倒し、片肘をついて顔を寄せる。双方の魔羅を合わせて握りこむと、手のひらではわからなかった脈動がかすかに伝わってきた。
「あッ、熱くて、大きい……、お前の……」
「……っはぁ、梵天、動くぞ」
「うンン……ッ」
梵天の水気を借りて、俺たちのものは滑らかに混じり合った。手元でちゅくちゅくと甘えたような音が立つ。今までの比ではないほど、梵天の腰が跳ねた。
「大丈夫か? つらいなら、目を閉じていて構わないが」
眦に溜まった涙をこぼさぬよう懸命に目を見開いて首を振る姿に、慈悲の心がこみ上げる。太腿が逃げないよう脛を乗せ、搾り出す動きを強めた。
「……っああ!! ふンッ……、」
密着している魔羅の拍動が強まり、袋の筋肉がせり上がるのを感じる。俺の脈動と重なって、もはや一つの生命体のようだった。梵天が俺の名を呼び、きつく抱き寄せるので、いつでもいいぞと静かに声を掛ける。
「帝しゃ……、帝釈、」
「梵天、共にいこう」
「も、で……ッ!!」
横たわる梵天の腹に、ふたりの白い精がぼたぼたと降り注ぐ。瑞々しい桃のような亀頭の先まで丁寧に搾りきると、梵天の美しい魔羅はしぼみ、小さく軟らかくなった。俺たちは肩で息をしながら顔を見合わせ、どちらからともなく微笑んだ。
■
「梵天、これで解決できたか?」
「ん? 何を?」
つつがなく交合を済ませたので湯を汲みに行きたいが、梵天の腹の上はひどい。ひとまず部屋にある半紙で拭いながら、俺は問うてみた。
「お前、知りたいことがあったのだろう。だから俺にこんなことを頼んだのではないか?」
「気付いていたのか」
「ああ」
普段は俺が肩に触れるのさえ嫌がりそうな梵天が、よくここまで許したと思う。今もおとなしく半紙で体を拭かれており、何か目的がなければ起こりえないことだ。あくまで想像上の話だが、寺に参上したばかりの梵天がこの光景を目にしたら、間違いなく卒倒しただろう。
「ではなんだと思う?」
フフン、といつもの勝気な表情で俺に問い返してくる。やはり梵天とはこういう仏だ。
だが、その目的について俺はこう思っている。
「俺が知らなくても構わないことだと」
「ふふっ、生意気を」
梵天は機嫌よく溜息をついた。あらかた拭かれ終えると俺に背を向け、慣れた手つきで簪を整えながら、こう告げた。
「ああ、解決できた。感謝する、帝釈天」
■
「湯を汲んでくる。すぐに戻るが、このまま眠っていて構わない」
梵天が衣服を着ぬまま小さな寝息を立て始めたことを確認すると、俺はそっと布団から出た。廊下は未だ暗く、日の出まで一眠りできそうなことがわかる。
まずはでんきぽっとなるものを目当てに厨房へ向かったが、あいにく施錠されており入れなかった。観音菩薩様と迦楼羅の攻防を思い浮かべ、ふっと笑みが漏れた。
仕方がないので足を伸ばして浴場に向かうと、こんな時刻にもかかわらず、細い照明が点いている。薬師如来様が洗面台に伏せている薬壷の手入れを行っていた。
「おはようございます。薬師如来様」
「あ……帝釈天、おはよう……。こんな時間に、どうしたの……?」
作業の手を止め、隈の消えない赤い目を優しげに細めて、慈愛の表情を向けてくださる。
「少し、汗をかいたものですから、清拭の道具を揃えようかと」
「寝汗……? でも……、……その顔は、大丈夫そうだね……」
「はい。お陰様で。ありがとうございます」
俺に気遣わしげな視線を送ったのち、薬師様は何かに納得したように頷いた。俺は立てかけてある桶と手拭いを一つ取り、適当に湯を張ってその場を後にした。
ここは現代日本。蛇口をひねれば熱い湯が容易に手に入る、素晴らしい時代である。
□
私は小鳥のさえずりとともに目を覚ました。どこからともなく、高原の木々の香りが漂ってくる。今朝も起きたらすぐに帝釈天の様子を見に行かなくては。しかし、眠い……。
「ううん、帝、釈天……」
「梵天、起きたか。おはよう」
「はッ?!」
背後からの声に飛び起きると、殺風景な部屋に居た。
これは私の部屋ではない! この部屋は、この香りは、この声は帝釈天の……、うん?
「なぜお前がここに居る?!」
「いや、ここは俺の部屋だが……」
帝釈天も布団から上体を起こし、両腕を伸ばして大きなあくびをしている。いつもの渋い顔で私をじろじろと眺めたあと、不躾に訊ねてきた。
「梵天、昨晩のことは覚えていないか?」
「…………あ、」
……思い出した。
部屋を見回すと、開けられた窓の下枠に私の下着が干されている。こいつ、私の下着を洗ってくれたのか。それに今、起きたら既に身につけていたジャージだが、服の中にべたついているところもない。帝釈天が急に輝いて見えた。
「昨晩は、その……、色々、どうも……」
「俺のほうこそ感謝する。ああいうものは双方の協力があってこそ、だ。痛むところはないか?」
「いや、私は別に……。ハッ、そういえば、今朝は起きたら薬師如来様のところに顔を出すよう言われていたのだった」
「なら、行ってくるといい」
危うく忘れるところだった。借りた下着は洗って返す旨伝えて、帝釈天の部屋を後にする。若干下着が緩いのが憎たらしい。背丈はほぼ変わらないというのに。
廊下をひとり歩きながら、私は昨夜の出来事を振り返っていた。
阿修羅とのことでだいぶ思いつめている様子だったので、朋輩としてできることはないか考えた結果が、「どのように休んでいたか」を知ることであった。仕方あるまいが先日は過去のつらい記憶を吐かせることになってしまったので、今度は気安かった頃でも思い出してもらえればと話を振ってみたのだが、想像しない方向に話が進んでしまった。けれども結果は上々だ。
「普段は無口・無表情・無愛想で全く気の利かないあいつが……」
昨晩はかなりの親切ぶりであった。私が初めてだと告げたせいもあるのだろうが、あいつの言うとおり「そこまで親しくない」者に対してああなのだから、かつて唯一の仲間であった阿修羅とはどんなにか安楽なひとときを過ごしていたのだろう。できるだけ顔色を見るよう努めたが、最中も朝方も、帝釈天は久方ぶりに清々しい様子であった。あの脳筋のことだから、単に体を動かすことが好きなだけかもしれないが、昨晩に限ってはそれでも構わない。
また、特殊な交合とのことだったが、おそらくあれは外気功の類だろう。中国では房中術と呼ばれる確立した技術だ。旅の途中に偶然知った帝釈天と阿修羅がそれを極めたとは到底思えないが、実際施されてみると、今でも体がぽかぽかと温かく、その……、かなり快い気持ちであった。
現世には様々な淫書が出回っていることも承知だが、そのような愛欲とは確かに異なり、節度を保って時々頂きたくなる性質の快である。それは房中術がというより、術者である帝釈天の性質が表れた結果であろう。帝釈天も、これで少し元気を取り戻せるとよいのだが。
「薬師如来様、おはようございます。梵天でございます」
「……入って」
帝釈天の部屋よりも丁寧に戸を叩き入室する。薬師様はいつも腰の低い仏様である。ありがたいことに、丸いお背中をさらに丸めて朝の挨拶をお返しくださった。
「……おなかの傷痕、……見せて」
「はい」
「……え……?」
先日のようにジャージの裾を捲って腹をお見せすると、薬師様は臙脂の瞳を丸くされた。
「何か……? って、……え!?」
「……消えてるね、……」
昨日帝釈天のために調合された泡風呂が有効だとわかったため、浴場が貸し切れる朝方に合わせて私のために追加分をご用意くださったそうなのだが、腹側も背側も傷が消えており、不要になってしまった。
「申し訳ございません、せっかく……」
「……気にしないで。……傷、治ってよかったね……。顔色も……、いいみたい……」
優しいお心遣いに、私は深く頭を垂れた。
「ところで……、……昨晩も、帝釈天の部屋に、……居た……?」
「はい、居りましたが」
「……帝釈天は、……夜中にうなされたりは、ないかな……?」
「ええ、そのような様子はありません」
そう……、と嬉しげなお顔をされて、私に一言言い添えられた。
「……梵天。……帝釈天のこと……、これからも、よろしくね……」
「はい、もちろんお任せください!」
部屋を出ると、私は胸がいっぱいになってしまい、その場からしばらく動けなかった。
腹の傷痕を消してくれたのは、帝釈天だ。
昨晩の行いは私が帝釈天のためにしたことのはずだったが、実際には帝釈天が私のために骨を折ってくれたのだ!
帝釈天は、煩悩に屈しない、逞しさと温かさを兼ね備えた素晴らしい朋輩だ。
これからは私が帝釈天の一番の支えになり、阿修羅を救う手助けを最大限につとめようと心に誓った。
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