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2014 01,15 00:00 |
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+++ 村のおきてをやぶったこどもは、やぎに姿を変えられます。にんげんだったやぎは、生まれつきのやぎのように、そとでたくましく生きていくことはできません。 このやぎは、やっかいものでした。おすなので、お乳も出ず、やせっぽちで、肉を食べても、皮をはいでも、すぐに役立ちそうにありませんでした。 もっとも、おきてやぶりのこどもです。おとなは村を守るため、だんだんやぎをいじめて、村からとおざけるようになりました。やぎも、村のおとながだいきらいでした。これからは、さむさと、はらのむしと、ともだちになろうときめました。つめたいきもちで、草をかじります。土だらけで、いやな味でした。 それを、ひとりのこどもが、とおくから見ていました。にんげんだったころの、いちばんのともだちです。ともだちは、知っていました。やぎがやぎになったのは、おきてやぶりを、じぶんのかわりにこっそりさせていたおとなのせいだということを。 □ 「かわいい、やぎだね。こっちへおいで」 村のはずれで、やぎははじめ、聞こえないふりをして、草をはみつづけました。けれども、こどもは、やぎに近づきます。そっと口に指をあてるしぐさをすると、耳に顔をよせました。 「おまえなんだろ。やくそく。おぼえてる」 やぎはこわくて、よろめいて、後ずさりました。おきてやぶりのやぎに関わっては、ろくなことにならないと、想像したからです。 やぎは、にんげんだったころ、かしこいこどもで、からくりのおもちゃを作っては、となり町で売っていました。ときどき、ともだちもついていっては、おとなになったらふたりでおみせやさんになろうと、夢をふくらませていたものでした。ともだちは、これからもいっしょにおおきくなりたかったのです。 「やぎでもいい。また、解かせてくれよ」 ともだちは、今までとはちがくなったともだちの、よごれた白いからだにぎゅっとしがみつきます。やぎは、あたたかくなったので、そっと両目をとじて、ともだちから逃げることをあきらめました。もう、のばす腕はなく、声の出しかたもわかりません。だから、どろのついたともだちのほほをえんりょがちになめました。同じ土なのに、うっとりする味でした。 「ひだり目は、ずっと、とじていろよ」 “けがをおったやせいの子やぎ”をつれ帰ったこどもに、ちちおやも、ははおやも、「そとには出さず、えさとそうじは、じぶんでやりなさい」、それだけでした。いいつけは、きちんと守りました。 ともだちは、ほんとうは、おもちゃを作るよりも解いてあそぶのが好きでした。それでも、作りかたをおぼえました。やぎが、首をふったり、あしぶみしたりして、じょうずにおしえてくれたのです。作ったおもちゃをかついでは、やぎになったこどものかわりに町へ行き、小金と、おいしい草に換えて家路につきます。 □ ある晩、家に戻ると、父親も母親もいなくなっていました。村の集まりで、父はこの日、村の大人に肉と皮にされ、母は、まっ黒な毛におおわれた姿で、乳をしぼられる小屋につながれることが、決まっていたのです。 暗い居間で、へたりこんでいると、“けがのやぎ”が飛び出してきました。仕掛け付きの風呂釜に隠れていたのです。やぎは、細長い瞳孔を懸命に広げて訴えます。慌てた様子の細かい足踏みは、村を離れるよう、両親からの伝言でした。少年は、震えるやぎを抱きしめて、嗚咽を漏らしました。やぎは、こんなとき、自分のひづめが硬いのを、本当にくやしく思いました。 掟破りの呪いは、死んでも解けません。からくりの得意な少年にも、解くことはできない。それだけは、分かったのです。 少年はその晩のうちにやぎを連れ、他の村へ移り住み、大人になると、町で暮らすようになりました。 やぎは、二本の足でおもちゃを売り歩いた幼い頃を思い出します。けれども、町はあの頃よりも、都会に姿を変えていました。急に寂しくなって、主人の大きな手に、しなやかな首を擦りつけました。 簡素な玩具店を開いて、昼は主人がおもちゃを作り、夜はふたりで仕掛けを考えます。客はあまり増えませんでしたが、暮らしていけないほどではありませんでした。 勘定台の裏手に回って、やぎを撫でる客も来ます。特に、都会色の髪をした背の高い青年の連れの、まっすぐな黒髪の女性は、主人とやぎの顔を交互に見ては、よく撫でてくれました。 女性は、連れの青年は料理を好むのだといいます。やぎのために、花のサラダを持ってきたこともありました。はにかむその様子に、やぎは主人を振り返ります。けれども主人は、不思議そうにして、青年と女性に丁寧に礼を言うのみです。 やぎはもう、すっかりやぎらしく、どれを口にしても、甘くて、みずみずしい、すてきな草花でした。やぎには、それでも、食べるよう促す主人のやわらかい顔つきと、背や腹を撫でてくれるあたたかい手のひらのほうが、もっと、心地のよいものでした。 □ 人間より歳をとるのが早いやぎは、あたらしい仕掛けを一緒に考えることが次第にできなくなりました。昼も夜も、主人がひとりで仕掛けを考え、作り、やぎは毛布の上に、ただ膝を折って、ときにはうたた寝しながら過ごします。夢の中のともだちは、無邪気で、元気いっぱいに笑っていました。 『約束、覚えてる。また、解かせてくれよ。』 やがて、やぎは愁いの瞳で主人を見つめ、しゃがれた声で鳴きはじめます。 毎日、毎日、毎日。 「つらいのか」 主人は白い毛の生えた、手触りのよいあごを包みこむように撫でて、静かに尋ねました。 「おれは、わかってた。お前は、悪くなかったし、何を作れなくなってもいいと、思ってた」 あさに、日のひかりを吸った干し草を、ともだちの手のひらから、やけにゆっくりかみこなしたのも、 ひるに、薬湯の香りに尾をふるわせて、少年のまわりを小さく跳ねたのも、 よるに、主人の布団の脇で、そっとからだを丸めるのも、 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ。 「わかってる。おれも」 やぎは、もう、ない腕で主人を抱きしめかえそうとしなくなりました。自分のひづめを残念に感じることもありません。そのぶん、涙を流すことすら、ないのです。 ただ、おもちゃが作れなくなってしまって申し訳なく思いました。それに、やぎが鳴くたびに主人が声を詰まらせるので、やぎは、もっとつらくなって、少しも鳴かなくなりました。 PR |
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