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2018
08,16
22:00
■【パラレル】ある日【カイト・ルーク】
CATEGORY[φBrain - 物語]
やぎ話ロングバージョン 第一章の一部です
目次は
こちら
【属性】5歳頃
【説明】第二話
□
カイトとルークの交流は、その後も続きました。
「虫取り袋の改良を、ぼくが?」
「うん。この形だと、弱い虫が強い虫に食べられちゃう。前から気になってたんだけど……」
カイトは、白い布を袋状に縫い、上部にふたのついたそれを見せてお願いしました。ルークはさすが大工の子どもで、趣味でパズルを出してもらうのが好きなカイトよりも、仕掛けづくりや材料選び、刃物の扱いなどに長けていたからです。
「それって、自分で考えたほうが面白いんじゃない?」
「父ちゃんにも同じこと言われた。考えたよ。もう何回か改良もした。ルークなら、この先どうする?」
ルークは何度か試行錯誤の跡がある袋の中をじっくり見てから、うん、と頷きました。
「つくりがカイトらしいね。一度だけだよ?」
必要な材料をカイトがそろえてくると、ルークは自分の使い慣れた道具箱を持ってきて、いつもの庭の近くの木陰で黙々と作業を始めます。カイトもじっと黙って、ルークの手元を見つめていました。
□
「できたよ」
どうやら、中の仕切りそれぞれの手触りや隙間の形などを変えたようでした。
「これでもう、ほとんど食べられないし、逃げられることもないはずさ」
「すごい……」
理由とこれ以上の工夫は自分で考えてみて、と付け加えられました。カイトがお礼を言う隣で、すっと立ち上がります。気がつけば、もう少ししたら空が赤くなる頃でした。
「帰る?」
「今日はお勤めなんだ」
「仕事してるの? 今から?」
カイトは驚きました。だって、ルークもまだ五歳で、現場に出ているとしたら大変なことです。
「大工の仕事じゃないよ。禊を兼ねるし、居候の身だから働かなくちゃ」
ルークは、仕方なさそうに小さく肩をすくめると、道具箱を抱えてお屋敷に帰っていきました。
「禊を兼ねる仕事」について、カイトはよく知りませんでしたが、その晩仕掛けた新しい虫取り袋には、翌朝たくさんの虫が逃げも食われもせず、元気に捕まっていました。
■
いつもの庭から少し離れた木陰で、夏の落ち葉を集めてパズルをしていたときのことです。
「きみは、幽霊を信じている?」
「え?」
「会えたらいいよね、幽霊……」
ルークはうっとりとした顔をしています。
カイトは何も言いませんでした。他界した身内に会いたいということかもしれません。残念ですが、カイトは幽霊や「あの世」というものにそこまで興味が湧きませんでしたし、あれ以来、あの「幽霊」にも遭っていませんでした。
「ところでカイト、どうしてそんなに難しい顔をしているの?」
ぼくの両親が死んだと思っているの? と尋ねられてしまいました。素直に頷いてから、付け加えます。
「でも、お悔み欄にお前の家の名前が見つからなかった。お前、いつから禊してるの?」
ルークは声をひそめて、そうではないと耳打ちしました。
「たぶん生きているよ。まだふた月も経っていない。声の出なくなる病にかかったそうなんだ」
「かかった『そう』?」
長老の庭から少し離れた茂みの裏で、周囲を注意深く見回しながら続けます。
「少し前に、両親が突然帰ってこなくなって、僕だけが屋敷に呼び出されたのさ。二人とも他の部屋で療養中らしいんだけど、どんな病か詳しく知らないし、一度も会わせてもらえない」
カイトは、確かにそうなら、禊が必要でも訃報は出ないと納得しました。ただ、図面を描ける大工が一人いなくなったとすると、北の大人の間では噂くらいにはなっているのかもしれません。病はよく耳にする結核かと思いましたが、ルークが何故か警戒している様子なので、静かな声で返しました。
「うつる病気なのかな。お見舞いの手紙書いてみたら?」
「書いたさ。いつも遊んでいたときみたいに暗号を書いて、屋敷の人に渡した。でも、返事がこない」
「暗号? いいね。今度ぼくにも書いてよ」
「いいよ」
話がそれましたが、ルークの両親はおそらく生きているけれども、連絡をとる手段がなく困っているそうです。幽霊がいれば、こっそり偵察を頼めるのに、という意味のようでした。カイトは怖くて嫌でしたが、困っているこの友人のために、あの「幽霊」に遭うことがあれば話しかけてみようと決めました。
■
ある日、カイトは母親から大福餅を二つ包んで持たされました。砂糖を使ったお菓子など、めったに食べられるものではありません。
「うわあ、どうしたのこれ!」
「最近、お屋敷の近くでよく遊んでいるようだから。お腹がすいたら、お友達と食べなさい。周りを汚さないのよ」
「ありがとう、母ちゃん!」
今まで家でルークの話をしたことはありませんでしたが、母親にはなんとなく、遊び相手の存在を知られているようでした。
□
笹の葉の包みごと、ぽんと渡されて、ルークは驚きました。
「これを、カイトのお母さんが? ぼくに?」
ふわふわの手触りと心地よい重みは初めてのものでした。
「うれしいな……」
そっと包みを開くと、嗅ぎ慣れない、さわやかな香りが辺りに広がります。
「へえ、何だろう」
そこには白い粉のまぶされた餅が二つ、しっとりと横たわっており、餅の中に褐色のかたまりがうっすらと透けて見えました。
「なにか入っているね」
「いいから食えよ」
両手に乗せて眺めてばかりでなかなか口に運ばない様子に、カイトはじれったくなります。さらには一方の餅をひょいとつかんで、もぐもぐと食べはじめました。
「うまい」
ルークもそれにならい、やわらかな餅をそうっとかじります。一瞬ぎゅっと口をすぼめましたが、じっくり味わって飲みこむと、すぐに笑顔になりました。
「Hmmm……, this is sour. でも美味しい!」
「だろ! 梅の甘露煮は、この時期しか食べられないんだぞ」
カイトにはsourの意味がわかりませんでしたが、ルークが二口目、三口目と食べ進めていくのを見てほっとしました。
「……母ちゃんがさ、よかったら今度、うちに遊びにこいって」
「お礼は言いたいけど、あまり遠くに行けないんだ」
「近所だぞ?」
「いや、遠くっていうか、人目につくのは……」
意外にも歯切れの悪い答えです。
「見た目のこと? 手拭いでもかぶればいいよ」
「それもあるけど……、」
「お屋敷の人に怒られちゃう?」
「……そうだね、それに近い」
「そっか……」
カイトは残念に思います。禊とは、そんなに厳しいものなのでしょうか。けれども、この友人が心細い居候先で叱られてしまうよりよほど良いと、自身を納得させたのでした。
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