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2002 03,14 00:00 |
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ふたりは駅で待ち合わせました 梵は5分前、帝はちょうどにつきました 改札を通ると帝はバターン! ピンポーン! と引っかかります チャージ不足でした 「す、すまない…」帝はあまり電車に乗らないので盲点でしたね 今日の梵ちゃんの服装は、初めて帝宅にお邪魔したときと同じでした 「華奢なデザインの薄橙色のノースリーブワンピースに、小鳥の刺繍がなされた涼しげなウェッジソールのサンダル、肩からは花飾りのあしらわれたポシェットを提げていた か、かわいい…」ですね か、かわいい…まで要るのかよ 要るよ! だってかわいいんだもん 今日はこれに白の夏用カーディガンと、ポシェットと同じ花柄の日傘つき 帝ちゃんは七分袖の白Tに黒の袖なしジップパーカー、色落ちさせたスキニーのジーパンに紺のスニーカー、布製の肩掛けかばんでした あと象さんの刺繍が入ったつば付き帽子を被ってます 「帝ちゃん象さん好きなの?」「ああ。なぜか惹かれるものがある」ふーん、きょう動物園でもよかったかぁ、と思った梵でした でもふたりきりで出かけるのは初めてです 梵はとても緊張してました 電車を待つときも 電車に乗ってからも 何を話せばいいのかわからなくて、今日晴れてよかったとか、あと何駅で乗り換えるとか、次の道をどちらに曲がるとか、そんな話しかできませんでした 「見えてきたな」ぼんのうじ自然公園 正門の左側にポケットサイズの冊子の自販機がありました そう、ここです 本日の戦場は… 「着いた…」お外は暑いし、隣に帝ちゃんいるしで梵はけっこう苦しくなってました 帝は心配して梵の様子を伺います 「入園料は無料と言っていたな? 冊子くらいは買っておくか」春の自然から始まる四季の冊子と、温室の世界、公園の総合案内の合計6種類です「お前は来たことあるんだろ? お勧めはどれだ?」梵は全部持ってますが帝は総合案内と夏の冊子を買いました 「あそこに座って、先に目を通そう」 門をくぐり、入ってすぐの木陰のベンチに腰かけます 園に着くまでは日よけがなく、照り返しもきつかったですが、園内は木々が生い茂り少し風が吹いていて、過ごしやすそうでした 利用者の出入りも多くなく、静かな時間が流れています 「あついね…」梵は額やこめかみから伝う汗をきれいな刺繍のハンドタオルで吸い取って、水筒の冷たいお水をちびちび飲んでいます 「ゆっくり飲んでていいぞ」帝も帽子を脱いで冊子でふたりの頭の辺りを扇ぎました 総合案内を読みながら隣の梵をチラ見します いつもなら真っ白い梵のほっぺたが火照っているのを複雑な気持ちで見てました 今日自分が遠出に誘われた理由を、いつ話してくれるだろうか どうにか落ち着いた梵は、帝の広げていた地図を指さして、夏の園の見どころを簡単に説明しました「ここには何度くらい来てるんだ?」「もう20回以上は」「そうか…」帝はどうかこいつに次があることを、そっと祈りました 「帝ちゃん、ここから回りましょう」 木々の間を歩くうちに緊張がほぐれてきたのか、気が付けば梵は、いつものとろりとした笑顔を向けてきます それでも、いつもならもう3回くらいは言ってもじもじしてくるだろうに、今日は一度も「恥ずかしい」と言いません 梵は、時折こちらの顔色を見ているようですが、それでも普段よりよく話しました 夏は当然、花の多い季節ではありません 木の葉のこと、幹のこと、鳥や小動物のこと…、インドア派に見えて、意外と自然に詳しいです 帝は思わず聞き入りました 「すごい知識だな。さすが特待維持だ。それと、華道部だったか?」「ん…、これは勉強というより、昨年までスカウトに入ってたから」ひなも続けているあれか そういうことが身につくものなのか… 「高校の勉強が大変だから、やめたのか?」「ううん。日程がきつかったの」家が自営業なんだけど、休日に仕事を手伝う回数が増えてきて、習い事を削るしかなかったから… 本当は続けたかった梵でした 昼食には、園内に停車するキッチンカーのホットドッグを買いました「これね、からしが利いてて、美味しいの」「へえ」「アスレチックの裏側には、いつもクレープ屋さんが停まってるわ。そこまで持って行って食べましょう」「クレープ!」思わず大きな声になってしまうと、梵にふふっと笑われました アッ…これは恥ずかしい アスレチック脇のベンチで食事をはじめます 梵ちゃんのちいさいお口が健気にドッグをかじる様子を帝はじっと見てました 香ばしい音を立てて折れた腸詰の破片は梵の口の中でしゃくしゃくと砕かれて、なめらかな白い喉元を通ってごくんと落ちていくのです かわいい… 食べ方がきれいで、薄桃色のうすい唇には最後までケチャップが全然付きませんでした ほおお…「えっと、帝ちゃん、」「いや、すまない」帝はじろじろ見すぎて怒られたかと思って、姿勢を正してクレープの残りを一気に食べ終えました え…、何を謝ってるの? 梵ちゃんは首をかしげます かわいいね「あのね、」 「今日は、これからのことで相談があって、帝ちゃんに来てもらったの」梵は隣の帝をまっすぐ見ていますが、身体がこわばっているのが一目でわかります 「あのね、さっきみたいな顔時々するの、どういう意味なの?」「んん?」え、俺どんな顔してた? 「今まで帝ちゃんには色々なことを教えてもらって、その…、色々なことをしてきたでしょう? うれしかったの。だけど、このまま続けるのは違うなって…。でもね、私は続けていきたいの。それで、帝ちゃんは、今までのことどう思ってるのかな、って…」 こいつ、俺に言わせる気か? 帝は思いました あらためて思いなおして、うんざりな気もしました 悔しいし、がっかりだし、腹も立ちました 帝はなんとなく、この先を予想していました 女の子に修なしで誘われて遊びに出かけるのは、これが初めてではないのです 「好きになった」「修と離れて」「私の彼氏になって」…いつもこうでした そうなるたびに、 俺はお前を何とも思っていない 修とは絶対離れない そもそも俺は女だ…いつもそう思っていました でも、人に好かれるのはありがたいことです 大好きな修が幼い頃から悪く言われてきたのを見ていた帝には、それがよくわかります オナベ、チンピラ、ガイジン…、修はどんなひどいことを言われても負けませんでした 言われるたびに2人で叩きのめして、強くなってきました 大きくなっても、自分は好かれ、修は嫌われることが多いのは、帝にとって、生きていて悲しいことのひとつでした でも、人の好意はそういうものとは違います 叩きのめしてはいけないものです せめてもの気持ちにと思って、デートの行き先は毎回相手に選ばせていました 女の子から好意を告げられるたびに、怒らせないよう、悲しませないよう、気をつけて断りましたが、どうしたって相手は気を落とすものです「嫌いになった」「修のどこがいいの」「あなたが男だったらよかったのに」そんなふうに言われたこともありました 今日これから、梵の口からもそれを聞くのかと思うと憂鬱になりました 梵だけは、そんな子じゃないと思いたかった でも、でも… 今回は自分に負い目がありました 自分から梵に手を出してしまったからです これは完全に自分が悪くて、謝って許してもらえる問題ではないことも承知していました でも、謝らずに許してもらうなんて、もっと無理です 帝は、梵から少し距離を取ってベンチに座りなおし、深呼吸してから梵の顔をしっかり見て答えます 「…恩着せがましいことをして、今までお前を弄んでしまった。辛かったよな。いつも修もいるし、お前からは断れなかったよな。すまなかった、もうやめよう。謝って許してもらえることではないが、本当にすまなかった」そして深々と頭を下げました 「気が済むまで罵ってくれ。叩いてくれ。親御さんや先生や、あるいは警察を呼ばれてもいい。俺はお前を助けたふりをして、お前の心身を傷つけた。本当にすまない」 梵はびっくりして、勢いよく立ち上がります「違うの、帝ちゃん聞いて!? 帝ちゃんは私のこと、弄んでないわ」「なぜそう言える?!」立ったまま、梵は言葉を続けました 「最初は…、どうしてああいうことするのかわからなかったし、私が学校でいじわるしちゃったから、仕返しに恥ずかしいことされてるのかと思ったわ。あるいは、修ちゃん見てても落ち着いてたから、普通のお友だち同士はああいうことするものなのかも、とも思った」「そんなわけないだろう!」帝の声は悲痛でした 「そうよね、そんなわけないって頭のどこかでは思ってて。…ひとつだけ、不思議だったの。帝ちゃん、ああいうことするとき、時々驚いたような、ぼんやりしたような顔を、私に向けるでしょう?」帝は無自覚でしたが、続きを促します 「ある日、修ちゃんに聞いてみたの。あの顔はどういう意味なの、って。あなたと付き合いの長い修ちゃんなら、知っているかと思ったから。だけど、修ちゃんに、俺もああいう顔は見たことないんだ、って言われたの。帝ちゃんにとって、きっと特別な意味があるんだろうし、それは悪いものじゃなくて、修ちゃんに知られてはいけないものでもないんだろうって。そして、その顔見たときお前はどんな気持ちになるんだって、逆に聞かれたの」「……」 「それからは、帝ちゃんにそういうことされるたび、そういう顔をされるたび、自分がどんな気持ちになるのかじっと考えたわ。そしたら、なんだか、どきどきして、恥ずかしかったけど、うれしくて、あったかくて、かわいくって、もっと私と一緒にいてほしくて胸がいっぱいになることに気付いて…」「梵…」 梵は声を震わせて、でもはっきりと言いました 「帝ちゃん、私、これからも帝ちゃんと一緒にいたい。これがもし、私の勘違いだったらもういいの。でも、帝ちゃんももし私と同じ気持ちでああいうお顔を見せてくれていたなら、この関係を何のけじめもなく続けていくのはお互い不誠実だと思うの。だから、あなたの気持ちを聞かせてほしいの」 帝はこれを聞いて、心底反省しました 梵は、俺を知ろうとしてきた 修を大切にしてくれる 俺の性別を気にしていない 俺はこの女のどこに不満があるというんだ… 帝は、クレープの包み紙をベンチに置いて、静かに立ち上がりました 「俺、梵が好きです。大切にします。付き合ってください」 梵は、最敬礼する帝の両肩をそっと抱き起こします すみれの瞳を細めて、幸せそうに頷きました +++ 今回は帝ちゃんの、ちょっと嫌な部分が見えてしまったかも? 女性である自覚があって、リスクを取りたくない本能が働きつつも、無自覚に男の役割を担おうとする部分と両方背負って、偏った方面からモテてきた過去もあるし、こじらせた苦しみ方してるイメージです 帝ちゃん、まだこの時点では完全なる帝釈天×梵天だと思い込んでるんですよね 修とは息をするようにリバなんですが、梵のことはかわいい女の子で、まあ自分も女の子なんですけど、俺がしてやらなきゃみたいな気負いがあります 一方で梵も、帝ちゃんのことを女の子だとは思ってますけど、自分の女性性にまだあぐらをかいているような節があります なんだろう、こう、実はこれクリスマス回よりも先に書き始めていたので私の中で時差ぼけ感がすごい まあ色々言っても、恋人同士になれました これでようやく、帝ちゃんが梵ちゃんにいたずらしてるだけ期は終わったので、めでたしめでたし 修ちゃんは秋からバイトが始まりますが、今後もふたりと色々やっていくのでよろしくね PR |
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